高野町の町並みと紅葉
今回はメインの通りを歩きながら、中門、壇上伽藍、根本大塔と見て蛇腹路と歩いていきます。
このブログを書いている時点で2024年高野山の紅葉は見ごろを過ぎてしまっているので、来年の参考にしていただければと思います。
ただ紅葉はなくとも高野山はおすすめなので季節問わず訪ねてみてください。
今回はこの辺りからのスタート。
まだまだ高野山の玄関口、さらに奥へと歩いていきます。
高野山のメイン通りを歩く

望遠レンズ多用しております。
残念ながらファミリーマートの看板がチラッと写ってますがこれが現実です。
高野山にもコンビニはあります。
ただ外観は高野の町並みに合わせてきてます。
そこまでしたのだから、せめて看板も地味な色にしてほしいかな。

この通りの紅葉も綺麗でした。
帰ってから向かいの建物の窓に紅葉が写り込んでいるのに気がつきました。
なんだか得した気持ちになりました。
報恩院

通り沿いの少し奥には宿坊『報恩院』
宿坊としての評価も高く、すぐ近くにコンビニもある好立地である。

こちらはファミリーマートの横に入った所。
ロープが張られていてこれ以上は入れません。
マルタカ

○高と言えばラーメン屋のイメージですが、こちらはカフェバーで様々なメニューが用意されているようです。
私が若い頃に訪れた時は何もなかった印象でしたが、高野山も色々な店が増えましたね。
珈琲処 木の実


珈琲処 木の実
この日は営業していなかったような。
もしくは営業していたが気づかなかったか。
撮影に夢中であまり周りが見えてないようです。
Google mapsでの評価は高く、レトロな店内がいい感じ。
メニューはコーヒーのみのようです。

一応、紅葉の写真を載せておく。
私的には紅葉はオマケだったりします。

ちなみに写真奥から歩いてきてます。
高野山の中心『壇上伽藍』へ
中門

高野山の総門である大門に対して、壇上伽藍の門は中門と呼ばれている。創建は高野山開創期にさかのぼる。当初は結界の意味が強い鳥居状のものであったが、焼失と再建を繰り返しながら五間二階の楼門となった。江戸時代には3回焼失したことが知られており、地中には焼失前の礎石が埋まっている。
天保14年(1843)焼失後は再建されず、礎石だけが露出した中門跡としてその痕跡を残していたが、平成27年に厳修された高野山開創1200年記念大法会の特別事業として172年ぶりに再建された。なお、正面に配置されている持国・多聞の二天像は文政3年(1820)再建時のものである。
引用元:和歌山県教育委員会・総本山金剛峯寺
高野山開創1200年記念大法会の記念事業として、平成26年(2014年)に再建。
和歌山に住んでいながら再建の事は全く知りませんでした。
お恥ずかしい‥
バス停には多くの外国からの観光客。
金堂

金堂は平安時代半ばから、高野山の総本堂として重要な役割を果たしてきました。
現在の建物は7度目の再建で、昭和7年(1932年)に完成。
一回まわして一切経の功徳?『六角経蔵』


壇上伽藍の一角に建つ六角経蔵は、木の質感を活かした落ち着いた外観。
経蔵の基壇付近に把手がついており、回すことができる。
これを一回まわすことで一切経を一通り読誦した功徳が得られるとされている。
この経蔵に納められた『紺紙金泥一切経』は重要文化財として霊宝館に収蔵されている。
※輪蔵を回す際には、周囲に誰もいないことを確認してまわしてください。
思いのほか大掛かりな仕掛けです。
御社


山王院

山王院は御社の拝殿として建立。
現在の建物は文禄3年(1594年)に再建されました。
根本大塔


奥に見えるのが大会堂で右側に金剛峯寺勧学院。

それではメインの通り高野天川線を歩いていきます。
この辺も紅葉のおかげで良い感じに。
高野山 霊宝館

仏像や仏画などの文化遺産を保存管理している。

とりあえず今回の最後は飛び出しお嬢と紅葉。
紅葉はオマケだって言いましたけど、やっぱり綺麗で良いっすね(笑)
何が良いって高野の町並みや寺と一緒に見れるってのが最高です!
前回の記事は下記から。